成田からの電車の中、私の前に座った、お母さんと子供2人。
網棚の上にのっけたカバンをすっかり忘れて降りようとしている。
ちょっと恥ずかしいけど、
「カバン忘れてますよ」と声をかけた。
でも、お母さんは、子供2人に「次に降りるのよ」と急かすのと
3つのスーツケースのことで頭がいっぱいで、
私の声に気づかない。
けれど、そのお母さんの近くにいた女性が
私に声に気付いてくれて、お母さんに声をかけてくれた。
だから、お母さんはカバンを忘れずに持って降りることができて、
お母さんにお礼を言われたのはその女性で
私ではなかったけど、でも、そんなことはどうでもよくて、
声をかけてよかったと、私は心から思った。
もし、恥ずかしがって声をかけないままに、
お母さんがカバンを忘れてしまっていたら、
私は、すごくいやな居心地悪い思いをしただろうと思うから。
他人のことかもしれないけどさ、
気付いているのに、言わないってのはさ、
そのことに気付かないことよりも、
人間として恥ずかしいことかなって
最近は、思うんだよ。
網棚の荷物だったり、
仕事に対する責任感だったり、
人としての自尊心だったり、
忘れ物は人それぞれなんだけどね。
網棚の上にのっけたカバンをすっかり忘れて降りようとしている。
ちょっと恥ずかしいけど、
「カバン忘れてますよ」と声をかけた。
でも、お母さんは、子供2人に「次に降りるのよ」と急かすのと
3つのスーツケースのことで頭がいっぱいで、
私の声に気づかない。
けれど、そのお母さんの近くにいた女性が
私に声に気付いてくれて、お母さんに声をかけてくれた。
だから、お母さんはカバンを忘れずに持って降りることができて、
お母さんにお礼を言われたのはその女性で
私ではなかったけど、でも、そんなことはどうでもよくて、
声をかけてよかったと、私は心から思った。
もし、恥ずかしがって声をかけないままに、
お母さんがカバンを忘れてしまっていたら、
私は、すごくいやな居心地悪い思いをしただろうと思うから。
他人のことかもしれないけどさ、
気付いているのに、言わないってのはさ、
そのことに気付かないことよりも、
人間として恥ずかしいことかなって
最近は、思うんだよ。
網棚の荷物だったり、
仕事に対する責任感だったり、
人としての自尊心だったり、
忘れ物は人それぞれなんだけどね。
自信が持てないと言う人がいる。
自信が持てないから、
一歩踏み出せないと言う人がいる。
だけどさ、自信なんてもんを
本当に持って突き進んでいる人なんて
実際のところ、どれほどいるのだろう?
自信がないから、何もできないのだとしたら、
永遠に自信なんて持てるはずがない。
とくにかく、動いて、挑戦して、やるしかなくて、
そうやって何かを失敗したり、成功したり、
達成した積み重ねの結果が自信になるわけであって。
だから、自信がない、なんていう暇があったら、
動くことだ。
自分で動いて、壁にぶち当たったり、
落ち込んだりしながら、
それでも、もっともっといいものを、納得できるものを
追求し続けるのだ。
初めから、自信満々な人なんているわけないよ。
本当の自信は、行動についてくるんだよ。
自信が持てないから、
一歩踏み出せないと言う人がいる。
だけどさ、自信なんてもんを
本当に持って突き進んでいる人なんて
実際のところ、どれほどいるのだろう?
自信がないから、何もできないのだとしたら、
永遠に自信なんて持てるはずがない。
とくにかく、動いて、挑戦して、やるしかなくて、
そうやって何かを失敗したり、成功したり、
達成した積み重ねの結果が自信になるわけであって。
だから、自信がない、なんていう暇があったら、
動くことだ。
自分で動いて、壁にぶち当たったり、
落ち込んだりしながら、
それでも、もっともっといいものを、納得できるものを
追求し続けるのだ。
初めから、自信満々な人なんているわけないよ。
本当の自信は、行動についてくるんだよ。
自分の居場所は
自分で決めることができる。
というか、それは
自分だけが決められることなのだ。
そして、意識していようといまいと、
私たちは、いつも、それを、
自分自身で決めてきた。
だから、今の居場所が
自分に相応しい場所じゃないと感じたら、
居心地が悪いと感じたら、
物足りなくなったら、
また、選び直せばいいんだよ。
同じ場所に居続けることが
必要な時もあるし、
新しい場所へ移る勇気が
必要な時もある。
それを教えてくれるのは、
それもやっぱり自分自身なんだよ。
自分で決めることができる。
というか、それは
自分だけが決められることなのだ。
そして、意識していようといまいと、
私たちは、いつも、それを、
自分自身で決めてきた。
だから、今の居場所が
自分に相応しい場所じゃないと感じたら、
居心地が悪いと感じたら、
物足りなくなったら、
また、選び直せばいいんだよ。
同じ場所に居続けることが
必要な時もあるし、
新しい場所へ移る勇気が
必要な時もある。
それを教えてくれるのは、
それもやっぱり自分自身なんだよ。
バイクがあるのに、ガソリンが手に入らない。
献立は、調理時間を考慮しなくちゃいけなかったり、
生活の基盤となるガソリンやプロパンを確保するのに、
あちこち走り回ったり、列に並んだりしたりして。
停電時間計画表とにらめっこしながら
仕事の計画を立てたるのはもうすっかり習慣化しているし。
仕事に必要な材料もいつも同じものが手に入らず、
買い置きしたり、海外からとりよせたり、違うもので代用したり。
突然市場からいろんなものが消えることだってある。
日本じゃ必要なかった、仕事以前の仕事があまりに多すぎて。
というか、仕事以前の仕事で疲れてる、今日このごろ。
普通にいつでも24時間、水も電気も供給され、
お湯だって必要なだけいつでも確保できて、
ネット接続もいつでも安定してあったらなあと思う。
ガソリンスタンドで列に並ぶ必要も、
買い置きする必要もなかったら、
どんなに気楽かなあって思う。
それが当たり前だった日本の生活は、
ありすぎで甘やかされすぎと思っていたけど、
そんな国でスポイルされて育った私には、
ここ1、2ヶ月のネパールの生活はさすがにしんどい。
なさすぎで、予測もしないことが起こる国にいると、
ただ、普通の日常生活を送るのさえ、
すごいストレスと努力が必要で。
生きてる感だけは、ずしりと感じられるけれどね。
プロパンがなきゃないで、薪で煮炊きしたり、
インド国境を越えてガソリン密輸して稼ぐ人が現れたり、
ネパール人ってたくましいのか楽天的なのか?
ある意味すごいとは思うけど、でも、みんな本当は
すごくストレスを感じているに違いない。
国と国の政治的な問題なのか、
国内の民族紛争問題なのか、なんなのか、
誰のどんな思惑がこの状況の裏にあるかはわからない。
けれども、いつも振り回されるのは、
そんな思惑など知らされることもなく、
関係もない子供たちであり、お母さんたちであり、
お父さんたちであり、ごくごく普通の人々。
ごくごく普通の人々の暮らしなど
どうでもいいと思っているだろう誰かの思惑で
そんな誰かの一挙一動で
毎日の生活が影響を受ける。
誰のどんな思惑か知ったところで
私の手がとどく問題ではないのかもしれないけれど、
せめて日々の生活を乱しているものの
正体を知りたいと思うのは、当然の欲求じゃないだろうか?
ごく一握りの人の利権や利益のために
たくさんの普通の人々が犠牲になる社会は
変えていかなくちゃいけない。
そのためにも、ちゃんと、知りたいと思う。
誰がどんな思惑のために、
こんなことをしているのかって
献立は、調理時間を考慮しなくちゃいけなかったり、
生活の基盤となるガソリンやプロパンを確保するのに、
あちこち走り回ったり、列に並んだりしたりして。
停電時間計画表とにらめっこしながら
仕事の計画を立てたるのはもうすっかり習慣化しているし。
仕事に必要な材料もいつも同じものが手に入らず、
買い置きしたり、海外からとりよせたり、違うもので代用したり。
突然市場からいろんなものが消えることだってある。
日本じゃ必要なかった、仕事以前の仕事があまりに多すぎて。
というか、仕事以前の仕事で疲れてる、今日このごろ。
普通にいつでも24時間、水も電気も供給され、
お湯だって必要なだけいつでも確保できて、
ネット接続もいつでも安定してあったらなあと思う。
ガソリンスタンドで列に並ぶ必要も、
買い置きする必要もなかったら、
どんなに気楽かなあって思う。
それが当たり前だった日本の生活は、
ありすぎで甘やかされすぎと思っていたけど、
そんな国でスポイルされて育った私には、
ここ1、2ヶ月のネパールの生活はさすがにしんどい。
なさすぎで、予測もしないことが起こる国にいると、
ただ、普通の日常生活を送るのさえ、
すごいストレスと努力が必要で。
生きてる感だけは、ずしりと感じられるけれどね。
プロパンがなきゃないで、薪で煮炊きしたり、
インド国境を越えてガソリン密輸して稼ぐ人が現れたり、
ネパール人ってたくましいのか楽天的なのか?
ある意味すごいとは思うけど、でも、みんな本当は
すごくストレスを感じているに違いない。
国と国の政治的な問題なのか、
国内の民族紛争問題なのか、なんなのか、
誰のどんな思惑がこの状況の裏にあるかはわからない。
けれども、いつも振り回されるのは、
そんな思惑など知らされることもなく、
関係もない子供たちであり、お母さんたちであり、
お父さんたちであり、ごくごく普通の人々。
ごくごく普通の人々の暮らしなど
どうでもいいと思っているだろう誰かの思惑で
そんな誰かの一挙一動で
毎日の生活が影響を受ける。
誰のどんな思惑か知ったところで
私の手がとどく問題ではないのかもしれないけれど、
せめて日々の生活を乱しているものの
正体を知りたいと思うのは、当然の欲求じゃないだろうか?
ごく一握りの人の利権や利益のために
たくさんの普通の人々が犠牲になる社会は
変えていかなくちゃいけない。
そのためにも、ちゃんと、知りたいと思う。
誰がどんな思惑のために、
こんなことをしているのかって
人と人が関わって世界は成り立っているから、
私が動けば、必ず、何かが動く。
前に進む方に動くこともあれば、
波紋のような拡散の動きをすることもあれば、
落下するような動きもあり、
しぼんでいく風船のような動きもあって。
それが例え72億分の一の小さな動きでも、
それでも、私が動くことで
微妙に世界のバランスは変わるのだ。
その小さなバランスの変化は
その他の誰かに影響を与え、
物事を変えていく。
動く前の世界と、動いた後の世界は、
少しだけだとしても、
きっとどこかが違っている。
一本の電話が、一冊の本が、
ある人との別れが、
そして別の誰かとの出会いが
心から伝えたその言葉が、
思い切って踏み出したその一歩が
世界を少しだけ変えていく。
そして、できることならば、
私が動くことで
世界が少しでも明るい方向に
変わっていけばいいと願うのだ。
小さなろうそくも、集まれば
あたりを暖かく明るく照らすだろう。
その灯をともすために
動け!
勇気を持って。
動け!
愛を持って。
まだ、間に合ううちに!
私が動けば、必ず、何かが動く。
前に進む方に動くこともあれば、
波紋のような拡散の動きをすることもあれば、
落下するような動きもあり、
しぼんでいく風船のような動きもあって。
それが例え72億分の一の小さな動きでも、
それでも、私が動くことで
微妙に世界のバランスは変わるのだ。
その小さなバランスの変化は
その他の誰かに影響を与え、
物事を変えていく。
動く前の世界と、動いた後の世界は、
少しだけだとしても、
きっとどこかが違っている。
一本の電話が、一冊の本が、
ある人との別れが、
そして別の誰かとの出会いが
心から伝えたその言葉が、
思い切って踏み出したその一歩が
世界を少しだけ変えていく。
そして、できることならば、
私が動くことで
世界が少しでも明るい方向に
変わっていけばいいと願うのだ。
小さなろうそくも、集まれば
あたりを暖かく明るく照らすだろう。
その灯をともすために
動け!
勇気を持って。
動け!
愛を持って。
まだ、間に合ううちに!



